夫には家族愛、彼には性愛。これでいいんじゃないか、というのが最近思うことです。もちろん夫の立場から見たら、あるいは彼の家族の立場から見たらどうかというと、「これでいい」わけじゃないかもしれない。それはわかっていますが、それでも私はこれでいいと思います。
いろんな愛
全てを欲しがるのは強欲かもしれません。でも、私はいろんな愛が欲しいし、いろんな愛を与えたい。特に性愛は、自分にとって欠かせないものです。生きるパワーの源のように思っているところがあります。人生においてこれを諦めたくないし、諦められません。少なくとも、今は。
夫のことも愛しているし、彼のことも愛している。そして、夫への愛と彼への愛は、別の種類の愛。それじゃダメなんでしょうか。たった一人の人(法律上の伴侶)に全ての愛を注ぎ、また注がれるなんてことは、なかなかの確率で不可能だと思うのですが。
されて嫌なことは相手にするな、と言いますが、もし夫がこの先、性愛を与えることができる相手が現れたとしたら、私は嬉しいです。私じゃその相手にふさわしくなかったみたいだから、夫の性愛は今のところ行き場がないんですよね。それって、私から見たらとても不幸なことです。夫にとっては余計なお世話かもしれませんが。
両親も、兄弟も、女友達も男友達も、尊敬する上司のこと可愛い後輩のことも、みんな愛していますし、それぞれから愛を感じています。こういう愛は、既婚者がもっても怒られにくい類ですよね。性愛もそれと同じ愛の一つなんだけどなあ、と思っています。
マスターナンバー33
最近、カバラ数秘術では自分の生年月日がマスターナンバー33というものにあたることを知りました。
「宇宙人」「私利私欲のためというよりも、世の中や社会、ひいては人類や世界平和のためにその力を注ぐことができる器がある」「人々に広い意味での愛をもたらす」とか色々素晴らしいことが書いてあったんですが、なんかわかるようなわからないような。
博愛主義と言われることもあるので、当たってるのかなあと思いつつも、今の状況は完全に私利私欲にまみれているしなあ、と思ったりして。
博愛主義と呼ばれる人って一人一人に対しては意外と淡白ですよね。特定の個人に執着していなくて、フラットな感じ。
理解されるかはまた別のお話
家族愛と性愛を別々の男性に注ぐというのは、多分夫にも世間にも理解してもらえなさそうだなと思います。で、波風立てたくなくて、どっちの愛情も享受したくって、彼がいることを夫には内緒にしてます。
夫には、「このままセックスしない状態が続くなら、私は他の男の人とするよ」と随分前から伝えてありますが、とはいえ「あなたとのセックスがないので、他の男の人としたよ」とは言えていません。言う必要もないかな、と思っています。
夫が私の不貞を知り、他の人とセックスするのをやめてほしいと言ったら、どうするかなあ。いや、それ以前に夫から離婚を申し渡されるかもしれませんけど。
他の人とセックスしないってことは私の性愛部分も夫が担当するということになるのですが、まあ無理ですよね。私がある程度満足できる頻度と内容の性交渉を、夫にできるはずがないと思います。だって夫にはその気がないんだから。それに、できるならとっくにやってるでしょう。
となると、離婚なのかなあ。結婚て窮屈ですね。

